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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)654号 判決

控訴人 日本電信電話公社

訴訟代理人 辻井治 中嶋寅雄 ほか四名

被控訴人 神谷英則 ほか一名

主文

原判決中控訴人の被控訴人神谷英則に対する敗訴部分を取消す。

被控訴人神谷英則の請求を棄却する。

原判決中被控訴人水原良雄に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人水原良雄に対し、金一、二六〇円およびこれに対する昭和四五年三月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人水原良雄のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人神谷英則間に生じた分は同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人水原良雄間に生じた分はこれを八分し、その七を控訴人、その一を同被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代埋人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決な求めた。

二  当事者双方の主張および立証の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  控訴人の主張

時季変更権行使についての時間的余裕を使用者に与えないような形でなされる時季指定権の行使は無効というべきである。本件では被控訴人らの年休請求における時季指定は、いずれも控訴人の時季変更権の正常な行使を妨げ、ないしは著しく困難にするものであるから、無効である。

(二)  立証 〈省略〉

理由

一  控訴人は、公衆電気通信業務およびこれに付帯する業務等を行うため、日本電信電話公社法に基づき設立された公法上の法人であること、被控訴人らは、いずれも控訴人の職員であり、昭和四三、四四年当時、被控訴人神谷は、控訴人の近畿電気通信局西地区管理部に属する此花局電報課の受付通信係に、被控訴人水原は、同課の配達係にそれぞれ勤務していたものであること、被控訴人らは、それぞれ控訴人に対し、原判決別紙目録(一)の(イ)、(ロ)、(ハ)欄記載のとおり有給休暇を請求し、勤務に就かなかつたところ、控訴人は、右請求をいずれも認めず、同目録(ニ)欄記載のとおり被控訴人らが就労しなかつた時間を欠勤したものとして扱い、欠勤分として被控訴人らが本来受給すべき賃金から同目録(ホ)欄記載の金員を差引いたこと、被控訴人らの右各年次休暇(年休)請求はいずれも被控訴人らが当該年度において有する年次有給休暇日数の範囲内でなされたものであり、病気休暇(病休)は就業規則三五条により有給休暇として認められていることは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、年休が成立するには使用者の承認を要するところ、本件では控訴人はその承認を与えていないから、本件各年休はいずれも有効に成立していない旨主張する。

しかし、労働者の年休の権利は、法三九条一、二項の要件が充足されることによつて法律上当然に労働者に生ずる権利であり、労働者がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して時季の指定をしたときは、客観的に同条三項但書所定の事由が存在し、かつこれを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、右の指定によつて年休が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものであつて、年休の成立要件として使用者の承認の観念を容れる余地はないものと解される(最高裁判所昭和四八年三月二日判決、民集二七巻二号一九一頁)から、控訴人の右主張は採用できない。

〈証拠省略〉によれば、就業規則四五条には「職員は、第三五条の休暇(年末年始の休暇を除く。)を受けようとするときは、事前に(交替服務による職員に係る年次休暇については、前前日までに)所属長の承認を受けなければならない。」と規定され、控訴人と組合間で締結された「年次有給休暇に関する協約」六条には「休暇は、本人から請求があつた場合に付与するものとする。ただし、請求の時季に付与できない場合は、他の時季に振り替えることができる。」と規定されていることが認められる。

控訴人は、右各規定をも根拠として年休成立に使用者の承認が必要である旨を主張する。しかし、右就業規則の規定が年休成立につき所属長の承認を要する旨を定めたものとすれば、無効であることは明らかであるが、右規定は年休請求(時季指定)をしようとする場合にとるべき手続について、その請求の時期と相手方とを定めた趣旨の規定であつて、所属長の承認がなければ年休請求の効果が生じないことまで定めた趣旨のものではなく、また、右協約の規定も単に年休が労働者の請求(時季指定)によつて成立する旨を注意的に規定するとともに、使用者の時季変更権について定めたものにすぎず、年休成立に積極的に使用者の付与行為を要する趣旨を規定したものではないと解するのが相当であるから、右各規定の存在を根拠として年休に使用者の承認を要するということはできない。

三  控訴人は、被控訴人らの本件各年休請求(時季指定)は、控訴人の時季変更権の正常な行使を妨げ、ないしは著しく困難にするものであるから、無効である旨を主張するので、この点について判断する。

控訴人においては、就業規則四五条によつて交替服務の職員は休暇の前前日までに所属長に年休請求をなすべき旨定められていることは前記二のとおりであり、〈証拠省略〉によると、控訴人と組合との間で、年次有給休暇に関する協約に関して確認された覚書によると、「交替服務者が休暇を請求する場合は、原則として前前日の勤務終了時までに請求するものとする。」との定めがあること、控訴人においては二四時間を通じて緊急性を有する業務の特殊性から、二四時間勤務を確保するため交替勤務制をとり、服務の種別、時間による各人の予定を予め明らかにする服務計画を作成し、これに基づいて個々の職員に対する勤務割を指定しているが、控訴人と組合との間で締結された「勤務時間および週休日に関する協約」五条二項では、「前項の服務計画に基づいて個個の職員に対する勤務割を指定し、または変更する場合は甲(控訴人)は前前日の勤務終了時までにその旨を関係職員に通知する。」と定められ、控訴人、組合間の団体交渉記録書によると、勤務割を勤務の前日または当日に変更する場合は本人の同意を必要とする旨が確認されていること、昭和四四年当時、此花局においては、職員は原則として右規定に基づいて前々日までに年休の請求をしていたが、前日に申出る例も多く、また一日以内の時間を指定して請求する場合は当日になされることもあつたこと、しかし、当時の被控訴人らの所属長たる此花局電報課の藤原秀夫課長は、年休請求の時期が右規定に反して前日または当日であつたということだけで直ちに不承認の措置をとることなく、その場合でも事業の正常な運営が妨げられる程度と年休請求の必要性の程度とを勘案して時季変更権を行使するか否かを決めていたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。

右事実によると、年休請求の時期に関する右の定めは、控訴人に時季変更権を行使するか否かを判断するのに要する時間的余裕を与えると同時に、職員の服務時間割を事前に変更して代替要員を確保するのを容易にすることにより、時季変更権の行使をなるべく不要ならしめようとする配慮に出たものと認められ、年休の時季を指定すべき時期についての制限として合理的なものであるから、法三九条に違反するものではなく、有効なものというべきである。

被控訴人らの本件各年休請求は、いずれも休暇の当日になされたもので、右の定めに反するものであることは前記一のとおりである。

もつとも、前記認定の事実によると、右の請求時期に関する定めは原則であつて、規定自体に例外のありうることを予定していること、此花局においては昭和四四年当時年休請求が右定めに反したというだけで直ちに無効とする取扱いはされておらず、前記の事情を考慮して時季変更権行使の有無を決めていたことがうかがわれる(そして、場合によつては時季変更権を行使すべきでない場合もありうる)から、右規定に反した請求であることの一事をもつて直ちに控訴人の時季変更権の行使を妨げ、ないしは著しく困難にしたということもできない。従つて、この理由で右各請求が無効であるという控訴人の主張は採用できない。

四  控訴人は、被控訴人らの本件各年休の時季指定の効果は、控訴人の法三九条三項但書に基づく時季変更権の行使により消滅した旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  被控訴人らが勤務している此花局電報課の人員、勤務形態が原判決別紙目録(三)記載のとおりであること、被控訴人神谷は、同課の受付通信係に所属し、同係は、電報の受付、送受信等の業務を行うものとされていること、被控訴人水原は、同課の配達係に所属し、同係は、受信電報の配達等の業務を行うものとされ、同係の「交付」は、右業務のうち電報の配達につき配達順路等の指示を担当し、「外配」は、右業務のうち宛名人の住所まで電報を届けることを担当するものであり、被控訴人水原は、そのうち「外配」を担当していたこと、被控訴人らが本件各年休の時季を指定した当日の担務予定は、原判決別紙目録(四)記載のとおりであり、右指定どおり被控訴人らが休暇をとると、被控訴人神谷が所属している受付通信係においては、午前九時から午後五時までの日勤帯で、係員が一名のみとなる時間帯(昭和四四年八月一一日は午後一時から同三時までと同四時三〇分から同五時まで、同月一八日は午前九時から午後三時まで)が生じ、被控訴人水原が所属している配達係(「外配」担当)においては、当日の午前一〇時から午後〇時まで「外配」担当の係員が二名(内一名は臨時雇)のみとなること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉を総合すると、

控訴人においては、年休等有給休暇に関する請求は所属長に対してなすべきものとされ、時季変更権を行使するか否かは所属長が決定する権限を有するものとされており、本件当時被控訴人らに対しては此花局電報課長の藤原秀夫が所属長として右の権限を有していたこと、被控訴人ら所属の電報課では、当時、服務の種別や勤務時間帯に応じた各種の勤務を組み合せて各自が順番に担当するいわゆる輪番制がとられていて、各人の担当時間割を予め担務予定表を作成して明らかにし、業務量に見合つた要員配置がなされていたもので、午前九時から午後五時までの日勤帯においては、受付通信係に係員を原則として三名、少くとも二名、配達係の「外配」担当に係員を少くとも三名配置するよう担務予定が組まれていたこと、受付通信係では受信作業と客の応待の必要とが重なることがあるため、一名では事務が停滞して業務に支障が生ずるおそれがあり、また、配達係の「外配」では、二名以下になると通常の配達数でも遅配が生ずるおそれがあつたこと、

被控訴人神谷は、親戚の葬儀に参列する必要が生じたので、昭和四四年八月一一日午前九時二〇分ごろ、藤原課長に対し、同日の午後半日の年休を請求したこと、藤原課長は、担務予定表を調べたところ、当日は日勤帯に係員三名が予定されていたが、そのうち一名が既に年休をとつていて日勤帯の係員が被控訴人神谷を含めて二名のみとなり、被控訴人神谷が休暇をとると午後一時から同三時までと同四時三〇分から同五時までが係負一名だけになるので、業務に支障が生ずるおそれがあると判断したこと、しかし藤原課長は、休暇を必要とする事情の如何によつては、業務に支障が生ずるおそれがある場合でも、年休を認めるのを妥当とする場合があると考えて、被控訴人神谷に休暇の事由を尋ねたが、同被控訴人が「年休については理由なんか言う必要はない」といつてこれに応じなかつたので、同日午後〇時一五分ごろ、右請求を不承認とする旨の意思表示をしたこと、被控訴人神谷は、同日午後一時ごろ退社し、そのため前記のとおり、受付通信係の係員が一名となる時間帯が生じたが、藤原課長が随時同係の業務を代行して同係に業務上の支障の生ずるのを防止したこと、

被控訴人神谷は、妻の入院手続をする必要が生じたので、同八月一八日出社しないで電話で宿直職員の今井忠に連絡する方法により、同日午前八時四〇分ごろ右今井を通じて藤原課長に対し、理由を述べないで同日一日の年休を請求し、同日午前九時から予定されていた勤務に就かなかつたこと、藤原課長は、被控訴人神谷が休暇をとると当日午前九時から午後三時まで係員が一名だけとなるので業務に支障を生ずると判断し、前記と同様の考えから休暇を必要とする事情を質すため直ちに公社に連絡するよう同被控訴人の自宅に電報を打ち、同日午後一時三五分ごろ電話連絡して来た同被控訴人に休暇の事由につき説明を求めたが、同被控訴人がこれを明らかにせず、同日午後三時ごろ出社した同被控訴人に重ねてこれを問いただしたが、同被控訴人は依然としてこれを拒んだため、右請求を不承認とする意思表示をしたこと、被控訴人神谷は、同日午後三時ごろから就労したが、同日午前九時から午後三時までは勤務に就かなかつたため、その間受付通信係の係員が一名だけとなり、藤原課長が随時同係の業務を代行することによつて同係に業務上の支障が生ずることを防いだこと、

被控訴人水原は、同八月二〇日出社せず宿直職員の庄司を通じて同日午前七時三〇分ごろ藤原課長に対し、理由を述べないで同日の午前中二時間の年休を請求したうえ、同日午前一〇時から予定されていた勤務に就かなかつたこと、藤原課長は、被控訴人水原が右休暇をとると当日の午前一〇時から午後〇時まで「外配」担当の係員が二名(内一名は臨時雇)のみとなるので業務に支障を生ずると判断したこと、そして、同日午後〇時一〇分ごろ出社した同被控訴人に前記と同様の考えから休暇の事由を明らかにするよう求めたところ、同被控訴人がこれを拒んだため、右請求を不承認とする意思表示をしたこと、被控訴人水原が午前中二時間の勤務に就かなかつたため、その間配達係の「外配」担当の係員は二名のみとなつたが、藤原課長は、当日は同係の「交付」担当の係員一名に「外配」の業務を手伝わせることによつて同係の「外配」の業務に支障の生ずることを防止したこと、

なお、昭和四三、四四年当時受付通信係で日勤帯に係員が二名を欠く時間帯が生じたこともしばしばあつたが、それは、病休、公用による出張等やむをえない事態が突発的に生じたためであつて、年休請求が当日突然になされたために生じたものではなかつたこと、また配達係の「外配」担当の係員が三名を欠いたこともあり、このような場合には電報課長が本来の管理業務を行う傍ら係員の業務を代行することもあり、配達係の「交付」担当の係員が「外配」の業務を手伝うなどして業務上の混乱、停滞を未然に防止することも行われていたが、右の如く担当職務を変更する場合には前前日の勤務終了時までに当人に通知することが必要であり、前日又は当日になつて担務を変更するには本人の同意を要することが労使間の協約によつて定められていたこと、

以上の事実が認められ、他に右認定を左右しうべき証拠はない。

(二)  被控訴人らは、本件各年休請求に対して控訴人が承認しなかつた措置をもつて時季変更権の行使に当るとすることはできない旨主張する。

しかし、使用者が法三九条三項但書所定の事由の存在を理由として労働者の請求した日の有給休暇は承認しない旨の意思表示をしたときは、使用者の時季変更権の行使にあたることはいうをまたない。本件においては、前記(一)の事実によると、被控訴人らの所属する此花局電報課において時季変更権行使の権限を有していた藤原課長は、本件各年休請求に対し、事業の正常な運営を妨げるおそれのあることを理由として請求にかかる日の年休を承認しない旨の意思表示をしたのであるから、右意思表示をもつて控訴人の時季変更権の行使がなされたものとするのが相当である(被控訴人神谷の昭和四四年八月一八日の年休請求、被控訴人水原の同月二〇日の年休請求については、控訴人の時季変更権の行使が請求にかかる休暇日の途中や事後になされているが、本件の事情の下では時季変更権の行使は、年休請求後においてその不承認の意思の伝達が可能となつた時点においてすみやかになせば足りるものであつて、これが請求にかかる休暇日の途中や事後になつてもやむを得ないものと解すべきである。けだし、前認定のように、此花局においては、年休請求は交替要員確保事務の必要上前々日までにこれを請求すべきものと定められていたから、これに遅れて請求するときは、請求者において管理者より時季変更権を行使される可能性があることが当然にわかつており、それにもかかわらず自ら管理者の時季変更権行使の意思伝達を受け得ない状況を作出して年休の時間帯を経過せしめることにより、年休をかち取ることを許容する結果を認めることは、条理に合わないからである。このように解しても、既に休んでしまつた事実状態は元に復するに由がないわけであるが、この段階においては、その既経過の事実状態を年休として扱うか扱わないかを決するだけのことであるから、右の結論を認めることは、背理とはいえない。本件では、前記(一)の事実によると、藤原課長は、被控訴人らが休暇日の直前に同僚を通じて年休請求をしたのに対して、被控訴人らが出社して年休不承認の意思伝達が可能となつた直後にそれぞれその旨意思表示したのであるから、右意思表示は時季変更権の行使としての効力を有するといわなければならない。)。

(三)  そこで控訴人の時季変更権の行使について、法三九条三項但書所定の「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かについて判断する。

右の「事業の正常な運営を妨げる」か否かは当該労働者の所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して客観的に判断すべきである。

これを本件についてみると、前記(一)の事実によれば、控訴人の此花局電報課では午前九時から午後五時までの日勤帯の業務の処理については、業務繁忙期でない通常の時季において、受付通信係に少なくとも二名、配達係の「外配」担当に少なくとも三名の係員を配置することが必要であり、この配置人員数を欠くときには受付通信係では受信作業又は客からの受付事務が停滞し、配達係では遅配が生じるので、同局における他の種別の担当職員の代行がない限りは、その業務の正常な運営に支障が生ずるものと認められる。ところが、右事実によると、被控訴人らが年休の時季を指定した昭和四四年八月一一日、同月一八日、同月二〇日には、被控訴人神谷が請求どおりの年休をとると、受付通信係において同月一一日午後一時から同三時までと同四時三〇分から同五時まで、同月一八日午前九時から午後三時までいずれも係員が一名だけとなり、被控訴人水原が請求どおりの年休をとると配達係の「外配」担当において同月二〇日午前一〇時から午後〇時まで係員が二名だけで、しかもうち一名は職員に比して多少事務能率の低いと思われる臨時雇になるのであるから、いずれも代行者の配置がない限りは業務に支障が生ずることは明らかである。ところで、前記三の事実によれば、控訴人においては、労使間の協約により交替服務者が休暇を請求する場合は原則として前前日の勤務終了時までに請求するものとする旨定められており、右の定めは、控訴人においては二四時間を通じて緊急性を有する業務の特殊性から二四時間勤務を確保するため、服務の種別、時間による各人の予定を予め服務計画を作成して明らかにし、各人の勤務割を指定することになつていて、労使間の協約によつて、個個の職員に対する勤務割を変更する場合には、控訴人は前前日の勤務終了時までならば関係職員に通知するだけで足りるが、それ以後、前日又は当日にこれを変更するには本人の同意を要する旨定められていたところから、前日又は当日における代行者の配置は極めて困難であることが予想されるので、前前日の勤務終了時までに年休請求を行うことによつて代行者の配置を容易ならしめ、もつて時季変更権行使をできる限り不要ならしめようとの配慮から定められたものと考えられる。したがつて本件においては、被控訴人らの各年休請求が右定めに反し、休暇日当日になされたものであつて、前記の労使間の協約からみて代行者の配置は困難であつたと考えられるから、右各年休請求については、控訴人の事業の正常な運営に支障を生ずる場合に該当するものといわざるをえない。

被控訴人らは、藤原課長が被控訴人らに年休の事由を質し、被控訴人らがこれを明らかにしなかつたことを年休不承認の理由とすることは許されない旨主張する。

年休の時季指定には、年休を必要とする事由を申出ることが要件ではないことはもとよりであるが、前記(一)の事実によると、本件では被控訴人らは、前前日の勤務終了時までに年休請求をすることとの定めに違反して当日に請求したものであり、このような場合には、右規定どおりに請求しえなかつた事情を説明するため年休を必要とする事由をも明らかにするならば、これによつて前記の労使間の協約に基く代行者の同意をとりつけることも可能となるから、このようにして明らかにされた事由の緊急性、重大性の如何によつては時季変更権を行使せずにこれに対し年休を付与するのが相当である場合がありうるし、事業の正常な運営に多少の支障を生じてもなお所属長の権限により年休を付与しうる場合もありうるのであるから、藤原課長が右判断の資料を得るため被控訴人らに対して右事由を質したことはもつともである。これに対し被控訴人らが前記請求時期に関する規定に違反しながら、その事由をも一切明らかにしない態度に出たのであるから、前記のとおり代行者の配置の困難が予想される以上、事業の正常な運営に支障を生ずる場合に当るとして、時季変更権を行使されてもやむをえないものというべきである。

もつとも、前記(一)の事実によると、控訴人は、昭和四四年八月一一日と同月一八日には藤原課長が受付通信係の業務を随時代行し、同月二〇日には配達係の「交付」担当係員一名に「外配」の業務を手伝わせることによつて被控訴人ら所属の各係の担当事務に支障の生ずることを出来るかぎり防止したものであるが、本来管理職としての業務を遂行すべき藤原課長が受付通信係の担当事務を代行し、また、「交付」担当を予定されていた者が当日突然「外配」を担当せざるをえなくなつたこと自体、控訴人の此花局における事業の正常な運営に影響を及ぼした事態であるのみならず、右時季変更権行使の要件である事業の正常な運営を妨げる場合に当るか否かは、年休請求時以後当該休暇日前における事前の蓋然性の判断によるべきものであつて、休暇日後において結果的にその支障を防止しえたか否かによつて定められるべきものではないから、右の事後における業務遂行の結果によつて前記の事業の正常な運営に支障があるおそれがある場合に当るとの判断の当否を左右しうべきものではない。

また、被控訴人らは、控訴人の不当な合理化による人員の削減の弊害を労働者の年休の権利の侵害によつて補なうことは許されない旨主張するが、〈証拠省略〉によると、控訴人の此花局電報課においては、昭和四三、四四年当時職員は、年間平均一八日位年休を消化しており、被控訴人神谷は二〇日位、被控訴人水原は一五、六日位年休をとつており、規定どおり前前日に請求した場合に時季変更権が行使されたことはなく、また、前日又は当日の請求でも年休の事由が明らかな場合には付与される事例が多かつたことが認められるから、本件における時季変更権の行使と此花局における定員との間に因果関係がなく、被控訴人らの右主張は理由がない。

更に、被控訴人らは、藤原課長が被控訴人らの本件各年休請求を認めなかつたのは被控訴人らに対する不合理な差別扱いで無効である旨主張する。

〈証拠省略〉によると、被控訴人らは、昭和三九年五月ごろ組合内部の事情により組合から排除されたものであることが認められるが、藤原課長が当時被控訴人ら以外の職員に対しては本件と同様の事情の下で年休を認めていたのに被控訴人らの場合にのみ時季変更権を行使したとの事実を認めうべき証拠はない。

〈証拠省略〉中右主張にそう部分は、本件事例と他の年休を付与された事例とを事業の運営に与える支障の程度、請求の時期およびその時期が規定に反した事由の説明の有無等を具体的に比較して述べているのではなく、単に主観的な被差別感情を述べているにすぎないから、採用に由がない。

したがつて、被控訴人らの本件各年休請求は、いずれも控訴人の時季変更権の行使によつてその効果が消滅したものというべきである。

思うに、此花局において、年次休暇請求を一定期日前になさしめるように定めたのは、職務遂行に懈怠が許されない同局の職務の性格上、交替要員を事前に確保して職場の運営を円滑にするために必要な技術であつて、このことを原則としたものはもつとものことといわなければならない。しかしながら、職員各自の個人生活においては、この定めに従い得ないような事態が生ずるのは如何ともし難い。間題は、そのような場合に例外的な取扱いを請求する者の職場の人間関係に対処する態度である。誰でも気の毒な事情のある人にはできるかぎりは代つてやるか、少なくとも一臂の力を貸したいという気持は持つている。人数の少ない職場においても、職員各自のこのような気持が凝集すれば、年休請求者に心おきなく休んでもらうことも可能となろう。しかしながら、急に休みたいという人の休む理由がわからなくては、そのような気持の通い合いのための表材が欠けることになる。およそ社会生活において他人の迷惑において例外的な取扱いを要求するときは、そのような例外的取扱いを要求せざるを得ない理由を述べた上でそうするのがあたり前のこととされている。このことは、労働者の年次休暇請求権という法律上の権利関係を離れたところの人間関係に処する一つの必要な心くばりといつてよいであろう。このような心くばりに欠けた者はその社会において他の者の協力が得られない。本件において、被控訴人らが急に休まざるを得なくなつた理由を述べて年次休暇を請求したならば、藤原課長も代替要員(藤原課長自身もこれに力を貸すことができる)の同意が得られるとの見通の下に、被控訴人らに対し時季変更権の行使を差し控えたかもしれないしかし、被控訴人らの態度が前示のような態度であつた以上、藤原課長としては原則に従つた措置をとらざるを得なかつたものと思われる。これをもつて藤原課長の感情による事務処理であると非難するのは当らず、かえつて、例外的取扱いを要求する者につき社会常識上要求されるところの手続を踏むことを頑なに拒んだ被控訴人らの態度の方に問題があるものといわなければならない。

五  次に、被控訴人水原の本件病休の成否について判断する。

控訴人においては、就業規則四二条一項三号で職員が疾病等にかかつたとき、医師の証明に基づき別に定める期間を限度として療養に必要な期間病休を与える旨規定され、労使間の「了解事項」では、職員が病休を受けるためには、原則として医師の証明書を付して所属長の承認を得なければならないが、病休の期間が二日以内であつて医師の証明書を受けることが困難な場合は、直属上長等の証明書をもつて医師の証明書にかえることができる旨定めてあること、被控訴人水原は、昭和四三年四月五日、同日一日の病休を請求したことは当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉を総合すると、此花局電報課では、電報課長が期間二日以内の病休請求の場合における事実の証明と病休請求の承認の権限を合わせ有していたこと、同課では、職員が二日以内の病休の承認を受けようとする場合には、本人自ら又は家族が電話で電報課長に、同課長不在のときは所属の係長に病名、病状、休暇期間等を説明して病休の申出をし、これを受けた課長あるいは係長は、電話での応答によつて病名、病状等を確認し、後日職員が出勤したときに所定の「病気休暇願」なる用紙に必要事項を記入して提出させ、課長が右確認をしたときは右請求を承認し、係長が右確認をしたときでも係長からの説明をうけて事実を確認したうえ、請求を承認して病休としての処理をするのが通例であり、時に右以外の方法で病状を確認することもあつたが診断書その他の証明書は必要としてはいなかつたこと、被控訴人水原は、昭和四三年四月五日午前九時三〇分ごろ、頭痛がして微熱があつたので、同日予定されていた午後〇時から同八時までの勤務に就くことができないと判断し、同日一日の病休を受けるべく、此花局電報課に電話したところ、藤原課長が不在であつたので、木和田配達係長に対し、右症状を具体的に説明したうえ、同日一日の病休を請求し、その日一日自宅で静養したこと、木和出係長は、同日、藤原課長に右病休請求がなされたことを報告し、同月九日ごろ、被控訴人水原に所定の病気休暇願の用紙に必要事項を記入して提出させたうえ、右用紙の処理者印欄に認印し、服務予定表および出勤簿の該当日欄に病休と記人して右当日を病休扱いとして処理したこと、ところが、藤原課長は、同年五月一日ごろになつて被控訴人水原に対し、当日の症状について詳しい説明を求めることなく、医師の証明書か薬購入の領収書等を提出するように命じたところ、同被控訴人がこれに応じなかつたので、服務予定表に記入されていた病休の文字を抹消して右病休請求を不承認とし、欠勤扱いとしたこと、被控訴人水原は、右病気の治療のために医師にかかつたり薬局から特にそのための薬を買い求めることなく、手許にあつた越中富山の配置売薬「ケロリン」を服用しただけであつたので、藤原課長が要求するような証明書類を持ち合せていなかつたこと、以上の事実が認められる。

ところで、有給休暇としての病休は、控訴人の就業規則により始めて認められたものであるから、その効力発生要件については就業規則の規定の解釈によるべきものであるが、その解釈に当つては、単に形式的な規定の文言のみならず、その解釈運用に関する労使間の労働協約やその運用の実態、従来からの労使間の慣行等をも十分しんしやくしてこれを決すべきものである。

前記の事実によると、被控訴人水原は右病休請求当日は頭痛、発熱のため就労困難であつたものと認められ、かつ、その請求手続も従前からの同職場における病休請求の運用の実態からみて特段変つた方法によつたものでもなく、しかも当日は木和田係長が不在であつた藤原課長に代わつて病状等について具体的な説明を受け、その結果病気であることを確認して服務予定表および出勤簿に病休として処理をしたことからみて、同係長も同被控訴人の病気による就労不能を認めてその扱いをする意思であつたことがうかがわれ、このような場合には従前から藤原課長においても同係長の判断を尊重して診断書等の証明書の提出がなくても、自ら病気を証明して病休の承認をするのが通例であつたのであるから、本件においては、病休請求に関する実体的要件のみならず、請求者の側に関するかぎりその手続的要件も具備していたものといわなければならない。藤原課長が二日以内の病休請求についてその証明者でありかつ承認の権限をも有しているからといつても、右病休制度の趣旨、運用の実態からみて、その権限の行使はもとより恣意的になされることは許されないのであるから、前記の要件が具備する場合には証明および承認をすべきものである。そうであれば、たとえ藤原課長においてあえて証明および承認行為を行わなくても、そのことの一事をもつて病休が成立しないと解するのは妥当でない。けだし直属上長の証明および所属長の承認の制度は、職員が病休制度を乱用することを防止するための制度であるから、その制度の解釈運用に当つては、その制度が設けられた趣旨の範囲内で病休成立に及ぼす影響力を判断するのが相当であるからである。したがつて本件においては、被控訴人水原の病休請求はその効力発生要件を具備したものとして、病休としての効力を生ずるものというべきである。

六  以上の次第で、被控訴人らの本件各年休請求は、控訴人の時季変更権の行使によつてその効力が消滅したから、控訴人が欠勤分として被控訴人らの賃金から原判決別紙目録(一)(1)ないし(3)の(ホ)欄記載のとおりの金員を差引いたことに違法はないが、被控訴人水原の病休は成立しているから、控訴人が被控訴人水原の貨金から同目録(一)(4)の(ホ)欄記載のとおりの金員(一,二六〇円)を差引くことは許されず、この金其は控訴人から被控訴人水原に支払われるべきものである。

したがつて、被控訴人水原は、控訴人に対し、休暇手当金として金一、二六〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年三月一一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであろが、被控訴人神谷の請求および被控訴人水原のその余の請求は理由がない。

七  よつて原判決中被控訴人神谷の請求を認容した部分は相当でないからこれを取消して被控訴人神谷の請求を棄却し、原判決中被控訴人水原に関する部分を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条に従い、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言はその必要が認められないのでこれを附さない。

(裁判官 坂井芳雄 乾達彦 山本矩夫)

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